忘れられない和尚様

先頃、実家で法事が行われました。
私は疎遠になっている身なのでその前日に仏壇に手を合わせてきました。

子供のころから祈ること、おまいりすることが普通に生活にありました。
その意味を深く考えたり理解したりという事からは程遠いけれど、仏様に手を合わせることは至極普通のこととしてとらえて育ちました。

でも生活と同じだったからそれは難しくはなく、そして和尚様も身近。
偉大な、というのか尊敬するというのか表現できない。
とにかく大好きでした。
子供の時は遠巻きに、大人になってその大きさに感銘を受け。
すでに他界されていますがちょっとぼかしで写真をのせます。






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徳が高いと表現するのでしょうか。

今思い起こしてもこみ上げてくるものがあります。
いつも般若湯をいただいている姿だったはずなのに、思い起こすのは仏にむかっておられるときの凛とした顔なのです。
不思議。
この和尚様に出会っていたからこそ困った和尚様にたくさん出会っても仏教が遠のかなかったのだと思います。
あらわせないけれど数十年を経ても心に熱く残っているのでした。






某和尚様、不都合がありましたらご連絡ください。
尚、私の実家に心当たりがおありの方、かならずやこのブログは無いことにしておいてくださいませ。マセ。